“絶望顔の物語” 『うつ神楽』初代〈うつお〉のエピソード (2015年12月1日)
ワタシは“絶望顔”という名のお面です。目と口に穴が開いているだけの面です。しかし、顔というのは目と口で全ての感情を表現できる、その究極を極めたワタシを誕生させてくれました。実は20年以上にわたりヨーロッパを一世風靡した伝説の人形師、百鬼どんどろ 岡本芳一(2010年没)によって作られたお面なんです。
ワタシはいつ生まれたのかは不明です。ずっと昔からかも知れないし、もしかしたら新しいのかもしれないし、、、。でも人の心の中にずっと住んでいました。
1987年の舞台写真でワタシのお面を岡本さんが被って舞台に立ている貴重な写真です。でも本当のところは岡本さんがこの世にいないのでもう分かりません。
岡本さんが生涯を掛けて私を産み、ワタシを愛してくれたことが分かっていれば嬉しいのです。
普段人形やお面の顔を作るときは、油粘土で成形して、それを石膏で型を取ります。不思議なことにワタシの型だけ残っていません。石膏型がないと二度と同じものは作れないので、大事に保管します。なのでワタシは世界でたったひとつのお面なのです。
ワタシは2003年7月13日、『風態』(ふうたい)という演目で、長野県内のお寺や、あちらこちらで上演していました。この頃人々はワタシの顔が絶望しているみたい、という事から“絶望顔”と呼ばれるようになりました。ワタシの顔に興味を持ってもらえるのはごく少数のファンばかりで、余り人に好かれませんでした。とうとうあるライブハウスでの公演は開演時間になってもお客さんが一人も来なかったので公演中止になりました。能舞台のある旅館ではワタシの出ている演目は不吉だとお客さんからクレームがきてしまって、ワタシは出演禁止となってしまいました。それを機にワタシは舞台を退きました。
2010年、岡本芳一の没後、唯一の弟子 人形師 飯田美千香が“どんどろスタイル”を継承して屋号を『百鬼ゆめひな』として立ち上げました。その最初の演目として宮崎駿監督原案の『うつ神楽』を飯田美千香が“どんどろスタイル”の人形神楽として手掛けることになりました。宮崎駿監督により“うつお”と“ウツメノミコト”との2つのキャラクターのスケッチが立ち上がっていました。それと地元の逸見尚希さんという方が書かれたあらすじをもとに、まだ存命であった岡本さんが『うつ神楽』の粗構成を作りました。その具体的なキャラクターのイメージ画を飯田美千香が起こしました。
その“うつお”のモデルがワタシだったそうです。ワタシはまた光の当たるところへと誘われ
て行くのです。。。
こうしてワタシは2011年8月、『うつ神楽』の“うつお”として、奇しくも出演禁止となった旅館の能舞台からの再出発となりました。最初は子供に泣かれたり、大人からも「ゾッとする」と少し避けられることもありましたが、演目の成長と共に、徐々に皆さんからも愛されるキャラクターになりました。演目が終わった後、お客さんをお見送りに出て行くと、とっても喜んでもらえました。これがまさに岡本芳一の表現したい人間の心に棲む面、ワタシだったのです。
旅館の能舞台から、地元のテーマパーク、学校、敬老会、イベント等々、様々なところから上演依頼がくるようになりました。2013年春、長野県の夕方のニュース番組で取り上げてもらったのを皮切りに、その後は週刊朝日のグラビアページにまでワタシは掲載されました。地元の月刊誌や、有名企業の雑誌、サイトでも紹介していただきました。
そして2014年秋、日本三大八幡宮として名高い石清水八幡宮で奉納演舞を務める時がやってきました。平清盛も舞ったといわれる御本殿の舞台に立ち ました。足のすくむ思いがしました。石清水八幡宮の大神さまの不思議な力がすーっと体内に宿り、うつおとワタシ、飯田美千香が一体になった瞬間の連続でし た。その様子はニュースや新聞でも報道され、大きな反響となりました。
その年の冬は飯田美千香の拠点である長野県上伊那郡飯島町で『うつ神楽』は初の劇場招聘公演を行い、最高の舞台スタッフに支えられ、大ホールの舞台に立ちました。舞台は大盛況でした。
それを最後にワタシは今度は自分から舞台を下りる事を選びました。
舞台を通じて色んな所へ行き、色んな方々と出会い、ご覧頂いた方々から喜びの言葉、励ましの言葉を頂き、沢山素敵な思い出を作ることが出来ました。
3年間で300ステージ以上の舞台で上演させて頂き、少し自分に自信を持つことが出来るようになりました。
故 岡本芳一の人形達たちの鎮座する、『百鬼ゆめひな』の人形展示室に入ることに決めました。そこから静かに“どんどろスタイル”の人形舞台の行方がどうなっていくか見つめていたいと思っています。
もしもまたワタシで役立
つときがきてお呼びが掛かったら、、、
その時はまた喜んで出掛けていこうと思っています。
そんな日が来ることを祈りつつ、暫しのお別れでございます。
それまでワタシはここに居ます。
またいつの日か、必ずお会いしましょうね。
うつお こと 絶望顔より
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